昭和時代の歌手として活躍していたちあきなおみさん

紅白歌合戦にも出場した経験もあるちあきさん。

その他にもレコード大賞も受賞した経歴を持ち、昭和時代の歌手界をけん引してきた彼女。

平成も終わりを迎えつつある現在、彼女は一体どういった生活をしているのでしょうか?

プロフィール

名前:瀬川 三恵子(せがわ みえこ)

生年月日:1947年9月17日(71歳)

出生地:東京都

職業:歌手

経歴:

ちあきなおみさんは3姉妹の末っ子として誕生し、母親の影響もあって4歳の頃からタップダンスを習うようになり、5歳の日劇にて初舞台を経験しました。

中学校を卒業した後は、米軍キャンプやジャズ喫茶、キャバレーで歌ったり、演歌歌手として修業したりして全国を飛び回っていました。

一家は非常に貧しい生活ではあったようですが、ちあきさんの収入でなんとか支えていったといいます。

10代の内から下積みを重ねたちあきさんは1969年に日本コロムビアのオーディションを受ける事に。

結果は「保留」という結果でしたが、作曲家鈴木淳さんの元でレッスンを受け、21歳のときに「雨に濡れた慕情」で歌手デビューを果たします。

当時のキャッチコピーは「苗字がなくて名前がふたつ」「魅惑のハスキーボイン」とのこと。

ちなみに今の芸名「ちあきなおみ」は、当時フジテレビのプロデューサーだった千秋予四夫(せんしゅうよしお)の姓を「ちあき」と読ませ、坂本竜馬の諱(本名)の「直柔」から「なおみ」としたそうです。

1970年に発表した「四つのお願い」「X+Y=LOVE」がヒットしたことにより知名度も上昇。

一気に人気歌手になります。

そして同年「四つのお願い」で紅白歌合戦に初登場を果たすこととなりました。

以降紅白歌合戦の常連となり、1977年の第28回まで連続8回出場をしました。

そして間をおいて1988年に11年ぶりに「紅とんぼ」を引き連れ再度出場しています。

その他にもちあきさん自身の代表曲ともなる「喝采」が日本レコード大賞を受賞。

その後も「夜間飛行」「円舞曲」などのヒット曲を数々出しています。

また、歌のバラエティーも多いのがちあきさんの特徴。

先ほど紹介した楽曲はポップス系だったことに対し、「さだめ川」「酒場川」「矢切の渡し」などの演歌でもヒット曲を連発。

その他にもスタンダード・ジャズやポルトガル民謡のファドを歌ったアルバム「待夢」、さらには洋楽をカバーしたりするなど幅広いジャンルで曲をリリースしています。

デビュー当初から人気が高かったちあきさん。

当時はセクシーアイドル路線で活躍。

なので、さきほど紹介したキャッチコピーが産まれたのでしょう。

アイドルということもあり、歌手以外にもバラエティーにも出演。

「元祖どっきりカメラ」「コント55号の裏番組をぶっとばせ」など体当たりな事もしばしばやっていたようです。

1978年に郷鍈治さんと結婚。

その後「ヒット曲を追うのではなく、自分が歌いたい歌にじっくり取り組みたい」としてしばらく「充電期間」に入ることを公表。

これを境にメディアへの露出は激減したものの、マイペースに曲を発表していきました。

1988年にテイチクに移籍し、シングル「役者」の発表を皮切りに本格的に芸能活動に復帰したちあきさん。

カバー曲を発表するとすぐさまテレビCMなどで使われるようになり、人気は衰える事を知りませんでした。

しかし、芸能活動を再開した矢先に夫が急死。

ちあきさんは夫の死を受け入れられず、仕事にも支障があったということで休止するも、これ以降ちあきさんが芸能活動を再開することはありませんでした。

大物歌手の休止からの芸能界からのフェードアウト。

結局正式な引退宣言も無く、彼女の動向をしっている人間もごくわずかだといいます。

そんなちあきさんは現在一体どのような生活を送られているのか非常に気になります。

スナックで働いている?!

ちあきさんが現在スナックで働いているとの噂が。

真相を確かめるためリサーチしていくと、結論はスナック経営はしていませんでした

なぜこのような噂話が出てきたかというと、ちあきさんは郷さんと結婚後、夫が人気歌手だった妻を支えるためにマネジメントを行いながら小さな喫茶店を経営していたといいます。

業界内では有名であったため、結構な業界人のたまり場になっていたようです。

しかし、郷さんの死後はちあきさんが後を継げるはずもなく、喫茶店は桃井かおりさんの兄で脚本家の桃井章氏にまるまる貸出し、そこがバーになったといいます。

おそらくこの話からして、ちあきさんが喫茶店からバーやスナックに方向転換したと勘違いされたのでしょう。

年収は?

芸能活動を休止し、飲食店も経営されてないとすると、今の生活が心配になってきます。

しかしそこは心配ないようで、現在に至ってもCM等で採用されるちあきさんの歌。

もちろん印税による収入が入ってきます。

その額は年間およそ1500万円にもなるのではないかとも言われています。

なので、仕事をしなくても普通の生活であれば何の不自由もなく生活できているでしょう。

現在の姿

ちあきさんは夫の死後、彼のお墓の近くに引っ越されたそうで、そこでひっそりと暮らしているのだといいます。

そこで夫の月命日には20年過ぎた今でもきちんとお墓参りに行き、1時間近くも手を合わせているのだといいます。

そして帰りにはいつもうっすら涙を浮かべているというちあきさん。

ここまで愛されている夫の郷さんも幸せですね。

昭和の大物歌手だったちあきなおみさん。

夫の死後は生活が一変してしまいました。

それでも今は亡き夫の分まで懸命に生活をなされているように思います。

未だに人気はあるちあきさん。

これからもちあきさんを遠くから応援していきましょう。