最初に結論!石原慎太郎さんは現在、作家として活動されているようです。

昭和を代表する俳優であり歌手でもあったスーパースターの石原裕次郎さん。

その実兄であり、東京都知事を務められた事でも有名な石原慎太郎さん

現在何をされているのでしょうか?

またオウム真理教との関係も明らかに!

プロフィール

名前:石原慎太郎

生年月日:1932年9月30日

血液型:AB型

出身地:兵庫県神戸市須磨区

石原慎太郎さんは、神奈川県にある湘南高等学校を卒業後、一橋大学法学部に進学し卒業されます。

大学在学中に、文壇デビューを果たします。

デビュー作の「太陽の季節」がベストセラーとなり、23歳で芥川賞を受賞。

翌年には映画化されており、その影響により若者の間では「太陽族」が流行しました。

芥川賞以外にも、芸術選奨文部科学大臣賞や平林たい子文学賞などを受賞されています。

有名な作品に「NOと言える日本人―新日米関係の方策―」や「弟」などがあります。

文壇から政治の世界に転機されたのが1968年。

参院選全国区で、301万票という数の票を獲得し初当選を果たされます。

1987年には竹下内閣で運輸大臣を歴任されます。

1995年に議員を辞職。

その後1999年に東京都知事選に出馬し、有力者を抑えて初当選。

以後、3期13年に渡り都政をされてきました。

【主な政策】

・ディーゼル車への排ガス規制

・認証保育所制度

・新銀行東京設立

・東京マラソン開催

・16年目夏季五輪の招致

・尖閣諸島の購入計画

2014年に第47回衆議院議員総選挙で落選をもって、政界から引退されました。

オウム真理教との関係

1995年3月20日。

この日、日本人にとって忘れられない事件が起こりました。

それが「地下鉄サリン事件」です。

何の罪もない多くの方が犠牲になった事件でしたね。

この事件の首謀者として逮捕されたのが、宗教団体「オウム真理教」の教祖を含むメンバー達でした。

そのオウム真理教と石原慎太郎さんとは、当時から深い関係があったようです。

1989年に宗教法人として資格を得たオウム真理教。

それまで認可がおりなかったオウム真理教に、なぜか認可がおりたのか?

その裏にいたのが石原慎太郎さんでした。

当時運輸大臣をしてた石原慎太郎さんの力により、認可がおりたそうです。

なぜ石原慎太郎さんが、オウム真理教の力添えをしたのか?

それは、実弟である石原裕次郎さんが絡んでいました。

裕次郎さんの大動脈瘤の手術したのが、地下鉄サリン事件の実行者である「林郁夫」さんです。

林郁夫さんは、オウム真理教に入る前、慶応病院で医師をされていました。

裕次郎さんの手術をはじめ、数々の治療をされていました。

また慎太郎さんの四男「延啓」さんが信者だったという疑いも…。

それらの関わりから、後押しする形となったのでしょう。

オウム真理教がサリン事件を起こした翌月に、石原慎太郎さんも衆議院議員を辞任されました。

公にされていない関係ですから、責任をとるといったわけではありませんが…。

突然の辞任発表には、こういった理由が絡んでいたのだと思います。

現在、何してる?

東京都知事として3期13年も務められた石原慎太郎さん。

石原慎太郎さんが都政から退いた今でも、石原慎太郎さんが行った制度や建物が多く残っています。

都知事を引退後は、維新の会の代表となられましたね。

更に2014年には政界から引退されました。

以後全くメディアへ出ることがなくなってしまいましたが、現在どうされているのでしょうか?

調べてみたところ、現在は作家として活動されているようです。

元々政治家として活躍される前は、作家として活躍されていました。

なかでも有名なのがデビュー作となる「太陽の季節」です。

こちらの作品は、第34回芥川賞と第1回文學界新人賞を受賞し映画化されました。

その際、石原慎太郎さんが石原裕次郎さんを推薦した事で「スター・石原裕次郎」が生まれた事は有名なお話ですよね。

政界のイメージが強い石原慎太郎さんですが、元は文壇の方ですから元の活動に戻ったというべきところでしょうか。

2018年8月からは「湘南夫人」という小説を執筆されています。

また産経新聞で連載していたコラム(現在は自身の公式ホームページで掲載中)「日本よ」も執筆されています。

都知事になる以前は、衆議院として活動されていました。

その当時深い関係にあったとされたのがオウム真理教でした。

地下鉄サリン事件後、議員を辞職。

一度は政界から退きましたが、4年後に再び都知事として政界に返り咲きました。

現在は、作家として活動されていますが、もしかしたら政界に返り咲く可能性もあるかもしれませんね。