ヤクルトでミスタースワローズと言われるほど活躍し、メジャーリーグでも3球団でプレーした岩村明憲さん。

お嫁さんはとても美人だと噂でしたが、そのお嫁さんとの衝撃の関係が明らかに?

プライベートでは色々とゴタゴタがあったようですが、気になりますよね。

今回は岩村明憲さんのプロフィールや元嫁との関係、そして現在の活動などまとめてご紹介しましょう。

プロフィール

まずは、岩村明憲さんのプロフィールからご紹介します。

・本名:岩村明憲(いわむらあきのり)

・生年月日:1979年2月9日

・出身地:愛媛県宇和島市

・身長:175センチ

・体重:92キロ

中学時代はセカンドを守り、高校ではキャッチャーにコンバートされています。

肩が強いという事でしょうね。

1996年のドラフトで、ヤクルトスワローズから2位指名を受けて入団。

1998年には、プロ入り初の1軍出場を果たし、1999年には1軍で83試合に出場しています。

2000年には、サードのレギュラーに抜擢され130試合に出場し、ゴールデングラブ賞も受賞しています。

その後も積極的な打撃スタイルでホームランを量産していたのが印象的です。

それからメジャーへ渡りデビルレイズ、パイーレーツ、アスレチックスと3球団を渡り歩き、日本球界に復帰し楽天と契約をされました。

2012年には古巣ヤクルトに復帰していますが、往年の力は発揮できずに戦力外通告を受けていますね。

それからは福島ホープスの選手権監督として活動していますよ。

元嫁との関係

野球選手としては輝かしい成績を残してきた岩村明憲さん。

しかし、プライベートでも色々とやらかしていたみたいですね。

2005年に一般女性と結婚されていますが、そのお嫁さんというのが球界でも屈指の美人と言われていました。

美幸貴(みさき)さんと言いますが、年齢は岩村さんの1歳年上ということですね。

六本木の高級クラブのホステスとして働いていて、1年でNo.1になるほどの伝説を持った女性ですよ。

画像もありますが、本当に美人です。

美幸貴さんが働いていたお店に岩村さんが行き、毎日の様に通い詰めて見事結婚までこぎづけたということのようでした。

岩村さんはよほど惚れていたのでしょうね。

しかし、そんな美人のお嫁さんがいながら、岩村さんは浮気や隠し子がいたことが発覚!

2017年に週刊誌「FRIDAY」により、暴露されました。

当時、岩村さんは楽天ゴールデンイーグルスに所属していた時期で、仙台の居酒屋で知り合った女性と不倫していたそうですが、その関係は2年ほど続き、その女性が妊娠してしまったという事ですね。

岩村さんは責任を取るということで、妻と別れると発言したそうですが、結局は妻とは別れず、養育費だけは毎月20万円ずつ支払う事で合意したということでした。

しかし、2021年になり、岩村さんの代理人弁護士から、一方的に養育費の停止を通知してきたと言う事。

あまりにもヒドイ仕打ちだと思いますが、あれだけ稼いでいた岩村さんなので、毎月20万円が払えないって言うのが信じられませんけどね。

そして、この隠し事&不倫が原因で、美人のお嫁さんとは離婚したという事です。

それが2019年の事になります。

誰もがうらやむ美人のお嫁さんがいながら、不倫するなんて、アホだなって思いますが、男ってそんなものですよね。

岩村さんの自業自得と言う事でしょう。

現在

2015年からは福島ホープスの選手権監督として活動しています。

2017年には今シーズン限りで現役引退を発表しました。

それからは監督として活動していましたが、2021年に体調不良により監督を休養。

チームとしては最下位に終わり、2022年も最下位ということで監督として復帰しています。

2023年は、Bクラスの3位でしたが、来シーズンも監督留任ということで、指揮をとるようですね。

また2018年からオーナーとしても活動しており、経営者としての顔もあります。

他にも野球の解説者としての活動もありますし、テレビ出演もありますね。

講演なども行っていますし、幅広く活躍していると言えるでしょう。

今も福島を中心に活動していますが、東日本大震災がキッカケという事ですね。

「野球で復興の後押しをしたい」という気持ちがあり、それが今も続いているというのが現状です。

岩村明憲さんについてご紹介しました。

プロ野球選手としての輝かしい成績、メジャーに渡っても活躍し日本に戻ってきて、現在は福島で独立リーグの監督、そしてオーナーとして頑張っているというのはとても素晴らしいと思います。

野球人として成長したので、その野球で恩返しがしたいという事なのだと思いますが、考え方はとても立派ですよね。

プライベートでは、不倫や隠し子などで美人のお嫁さんとは離婚してしまったようですが、だからこそ、仕事に情熱を傾けられるのかもしれません。

これからもまだまだ福島のために、そしてこれからの野球界のために頑張って欲しいですね。

最後までご覧いただきありがとうございました。