最初に結論!ジェンキンスさんの死因は「致死性不整脈」だったそうです。また、2人の娘さんの現在ですが、姉の美花さんは、保育士として働いていて、妹のブリンダさんは酒蔵に勤務していると報じられていました。

2017年12月11日に死去した元米兵チャールズ・ジェンキンスさん

北朝鮮に亡命し、そこで曽我ひとみさんと出会い、結婚、子宝にも恵まれました。

そして新潟県佐渡市で生涯を終えました。

そんな彼がどうして亡くなったのか。

2人の娘さんの現在などをまとめたいと思います。

プロフィール

曽我ひとみさんの夫であるチャールズ・ロバート・ジェンキンスさんは1940年2月18日生まれ、アメリカ合衆国ノースカロライナ州リッチスクエア市出身です。

1955年に15歳でノースカロライナ州軍に入隊志願を出し、規定年齢を下回りながらも州兵登録を受理されました。

ジェンキンスさんはアメリカ合衆国の軍人で最終階級は陸軍軍曹でしたが、2004年の不名誉除隊処分に際し、二等兵に降格されています。

1960年代からアメリカ軍が介入して激化を招いたベトナム戦争に派兵されるということを通達されたのですが、それを拒んだのです。

また、ベトナムへの派兵の噂を聞いた彼は、そのプレッシャーからお酒をたくさん飲んでしまい、アルコール依存症に陥ってしまいました。

下士官として朝鮮半島軍事境界線に駐留中に北朝鮮側に投降し、2004年まで同国に滞在していました。

ベトナム戦争時に北朝鮮に亡命し、2004年まで滞在していました。

この行動が恥ずべきものだとしてアメリカ軍では秘匿扱いになり、階級も軍曹から二等兵に格下げになりました。

そして、ジェンキンスさんは北朝鮮政府によって英語教師として働かされていました。

1980年には日本の拉致被害者の一人として、曽我ひとみさんを政府から紹介されました。

2人は出会って38日後には結婚。

そして2人の娘を授かり、のちに北朝鮮から日本に亡命しました。

そして合衆国軍に出頭し、1ヶ月足らずの禁固刑と不名誉除隊を受け、釈放後、軍法会議を経て軍を退役したのです。

そして日本の永住許可を得て、曽我ひとみさんと娘さんとともに佐渡島で暮らすことになったのです。

2012年には佐渡歴史伝説館で働き始め、75歳まで週6日勤務し、それ以後も1か月あたり半分ほど出勤していました。

2017年4月には自宅で転倒し、足の骨を折ったそうですが、1ヶ月半ほどで回復し、5月下旬に復帰して働いていました。

死因は?

ジェンキンスさんは2017年12月11日に新潟県佐渡市で亡くなりました。

午後7頃で自宅の外で倒れているのを帰宅した娘さんが発見し、119番に通報、病院に運ばれましたが死亡が確認されたそうです。

ジェンキンスさんは77歳で亡くなりました。

彼の死因は何だったのでしょう。

何かしらの病気を患っていたのかもしれません。

「朝日新聞デジタル」によるとジェンキンスさんの死因が「致死性不整脈」であることが報じられました。

普通の不整脈は健康な人にも見られる極めて一般的なものです。

また、ほぼ無害で、不整脈が起きたとしても人体に致命的な影響が出ることはないです。

しかし、致死性不整脈は、生命にかかわる重篤な症状を引き起こします。

その一つに挙げられるのは「心室細動」です。

心室細動が発症すると、心臓には異常な電気刺激が発生し、心臓は不規則に痙攣や収縮を繰り返し、心臓の機能を低下します。

これが死に至る不整脈です。

心室細動が発生した場合、多くのケースでは約10秒で意識を失い、約5分後には死に至るそうです。

ジェンキンスさんの突然の死去について妻の曽我ひとみさんは「突然のことで今は考えられない」と語っていました。

ジェンキンスさんが勤めていた観光施設「佐渡歴史伝説館」の館長さんは「朝のニュースで知り、びっくりした。」非常にまじめで遅刻は一度もない、同僚にジュースやアイスをおごったり、雑談したりしてアイドル的な存在でした。

最初はピリついていたそうですが、だんだん周りのスタッフとも打ち解けて冗談を言うようにもなったそうです。

日本語が話せないジェンキンスさんの通訳を13年間務めた本間啓五さんは「よく自宅に遊びに行って、ご飯を一緒に食べた。」「楽しい人生だったのではないか。佐渡に来たときは50キロなかったが、次第にふくよかになってきた。」

そしてお孫さんが生まれたことを喜んでいたそうです。

娘の現在は?

ジェンキンスさんには2人の娘がいます。

1983年に長女美花さん、1985年に次女のブリンダさんが生まれます。

そしてブリンダさんは2017年に男児を出産し、ジェンキンスさんにとっての初孫となりました。

左側が妹のブリンダさん、右側が姉の美花さんです。

2014年5月21日に配信された「日本経済新聞」によると姉の美花さんは、保育士として働いていて、妹のブリンダさんは酒蔵に勤務していると報じられていました。

当時美花さんは30歳、ブリンダさんは28歳でした。

2017年12月現在では美花さんは33歳、ブリンダさんは31歳前後となっていると思われます。

また、ブリンダさんは新潟県の一般男性と結婚しています。

12月11日に死去したジェンキンスさんの通夜が14日に新潟県佐渡市の斎場で営まれました。

壮絶な人生を送ったジェンキンスさん。

曽我ひとみさんと娘さんと一緒に日本に来て、家族でゆったりとした時間を過ごすことができたのではないでしょうか。