2005年に起きた「姉歯事件」を覚えているでしょうか。

この事件は「耐震強度偽装事件」とも言われ、連日ワイドショーが取り上げ世間を大きく騒がせました。

事件の中心人物となった姉歯秀次さんは、当時一級建築士でしたが、国土交通省の定める規定を下回る建築設計をしたとして逮捕されました。

事件の中心人物の姉歯氏は今どうしているのでしょう。

プロフィール

名前:姉歯秀次

出身:宮城県大郷町出身

職業:元1級建築士

姉歯秀次さんは、宮城県大郷町出身です。

1980年宮城県立古川工業高校を卒業後、大阪に本社を置く中堅ゼネコンに入社しました。

その後、東京支社の施工部門に配属され、主に建設現場の管理を担当していましたが、設計の仕事をするため退社します。

1988年に、千葉県市川市に事務所を開設し、1990年に1級建築士に登録されます。

「耐震強度偽装事件」は、2005年国土交通省が、その時一級建築士だった姉歯秀次さんが地震などに対する安全性の計算を記した構造計算書を偽造していたと公表したことから始まりました。

建築会社「ヒューザー」が、国土交通省が規定している耐震強度をごまかし、それを知りながらも、販売していたという「詐欺事件」でした。

地震大国である日本において、建築基準法の安全基準を満たしていないマンションやホテルが建設されていたという事実は、社会に大きな衝撃を与えました。

この事件は、当初、組織的な偽装とみられていました。

建築士だった姉歯さんを中心に、関係者が国会の証人喚問を受け、逮捕起・起訴されています。

しかし、公判では「姉歯秀次氏の個人犯罪だった」という形で幕を引き、姉歯氏は懲役5年、罰金180万円の実刑判決を受けます。

また関係者の裁判もすべて終わっています。

偽装に関する判決は、姉歯さんのみが「耐震偽装に関与した」とするもので、その他は因果関係が認めることができない、あるいは知っていて「詐欺」を行ったということになりました。

しかしこの事件は、今でも真相はわからないという見方があるのも事実。

もしかしたら姉歯さんはただの生贄だったのでは、という噂もあるようです。

事件のその後は?

姉歯秀次氏と偽装問題事件が、メディアに連日報道されるようになり、マスコミの姉歯氏へのバッシングも過熱します。

「自宅は超豪邸」「隠し財産が何億もある」「愛人にマンションを買い与えた」「妻はブランド品を買い刺さっていた」など、報道されます。

しかし実際には、自宅の購入の際に多額の借金があり、保釈金も支払えない経済状態だったようです。

姉歯氏の家族は、妻と成人した息子が2人いました。

当時、妻はうつ病を患っていたとも言われています。

騒動の最中の2006年、その妻が自宅近くのマンションの7階から飛び降り自殺をしてしまいます。

遺書などはなかったため、自殺の原因は不明ですが、マスコミのバッシングが引き金となったのではと言われます。

また、息子たちも母は「メディアに殺された」と怒りを露わにしていたという話もあります。

現在の姿

2011年、東日本大震災が起こります。

東北沖を震源とした大地震で、関東エリアも大きな被害を受けました。

この地震をきっかけに、日本人の価値観も大きく揺れ動いたと言っても過言ではありません。

そんな中、問題の姉歯さんの設計したマンションなどはどうなったのでしょう。

「耐震強度偽装事件」当時、報道では「震度5か6で倒れる」と報道された姉歯さんの設計したマンションですが…実はびくともしなかったそうなのです。

姉歯さんは当時の発言の中で「震度に関してはかなりの強度を保っておりますし、震度7や8にも十分耐えられるはずです」と語っていました。

事実、姉歯氏の設計した建物はヒビ一つ入らなかったそうです。

妻が自殺した後、息子は2人で千葉の自宅にそのまま暮らしていたようです。

しかしその家は売却され、人のものになってしまったそうです。

そこで彼らは家賃を払って家を借りていたとか。

現在、姉歯さんは刑期を終えているはずですが、息子2人も姉歯さんも、どこに住んでいるのかは不明です。

姉歯さんの設計した建物は、東日本大震災の際、倒れることはありませんでした。

しかし、結果はどうあれ、耐震偽造はすべきではありませんでした。

姉歯さんは「建設会社の圧力に耐えかね、構造計画書の偽造をしてしまった」「病気の妻のために、収入が無くなるのを恐れ、偽造をしてしまった」と言っています。

ですが、「偽造」を引き金に、家族を失い、全てを失ってしまいました。

安全基準法、裁判、報道、多くの疑問を投げかけ、現在にも影響を大きく与えた事件でしたね。