プロフィール

高橋健一さんは1971年3月30日生まれの東京都大田区出身です。

出身高校は、東京都立雪谷高等学校、出身大学は関東学院大学経済学部です。

愛称はパーケン、中学自体に元々のあだ名である「たかけん」を「パーケン」と聞き間違えたことからそのあだ名になったそうです。

結成後にその話をすると、相方の今野さんが頻繁に使うようになり、芸人仲間にも広がっていきました。

さらにファンにも「パーケン」と呼ばれるようになったのです。

高橋さんは、お笑い芸人としてデビューする前、派遣社員としてキャノンの工場に勤務していました。

真面目な仕事ぶりが評価され正社員登用の誘いを受けていたのですが、お笑い芸人になる夢を捨てきれず辞退しました。

1997年、26歳の時にスクールJCAに6期生として入学。

入学後は佐藤ムー太郎や金森隆造とコンビを組んで出演していましたが、長続きせずに解散しました。

しばらくピン芸人として活動し、2000年には相方を探すためスクールJCAに再入学します。

しかし、なかなか相方が見つからなかったので、当時頻繁に恋愛相談をしていた同期の今野浩喜をさそってコンビを結成したのです。

キング・オブ・コメディは人力舎に所属しています。

他にはオアシズやアンジャッシュ、アンタッチャブル、ドランクドラゴン、おぎやはぎなどが所属しています。

初舞台前にコンビ名を決める際に他の芸人さんにも相談したようです。

「キング・オブ・コメディ」の由来は、マーティン・スコセッシ監督の映画「キング・オブ・コメディ」からとったものだと言われています。

改名後間もなく、NHK「爆笑オンエアバトル」に出演し、翌年より2年連続で「M-1 グランプリ」の準決勝に進出したのです。

2010に行われたキングオブコントではなんと優勝しました。

決勝は1stステージ、908点、2ndステージ、928点の計1836点と高得点を出しましました。

決勝の相手はピースでした。

2人のコントはテンポが良く面白かったです。

他の芸人さんの得点も高かったのですが、キング・オブ・コメディの得点は圧倒的でした。

最終結果の時はとても盛り上がりました。

キングオブコントで優勝してから彼らの名前はもっと有名になったのです。

逮捕から判決に至るまで

お笑い番組にたくさん出演するようになり、テレビ静岡で初の冠番組『キングログ・サブ』の生放送が決定した矢先、2007年7月11日の午前8時頃、東京メトロ千代田線・北千住~町屋月間のJR203系の車内で満員電車における痴漢の疑いで高橋健一さんが逮捕されたのです。

相方の今野さんはその間ピン芸人として番組に出演しました。

同年の12月28日に不起訴処分となりバラエティ番組に出演していました。

2015年の12月26日の午後、高橋さんが4月25日に東京都内の高校に侵入し、女子高生の制服などを24点盗んだとして、窃盗及び建造物侵入の容疑で逮捕されました。

高橋さんは20年前から同様のことをしていたそうで、自宅からは約600点が押収されたのです。

高橋さんが逮捕されたことで高橋さんが出演していた番組の出演部分をカットしたり大変でした。

コンビで出演予定だった3月5日開催されるイベント「爆笑!!お笑いフェスin泉佐野」(泉の森ホール)、「爆笑!!お笑いフェスin和歌山」(和歌山県民文化会館)に出演できなくなりました。

ちなみにこのイベントにはサンドイッチマンが出演予定だったそうです。

他にも12月29日の「年忘れ二日連続スペシャルネタライブ」と「東洋館スペシャル寄席」、1月31日の「ダイナマイト関西2015~事務所対抗団体戦~」も出演取り消しになりました。

ソロで出演予定だったライブ、テレビ朝日で収録済みだった番組も出演取り消しになったりカットされるということが起こったのです。

報道された日に放送された番組も急遽編集して出演シーンをカットしていました。

高橋さんが逮捕されて3日後の12月29日に所属していた人力舎から解雇され、キング・オブ・コメディは解散しました。

2016年1月15日、東京地検によって窃盗及び建物侵入罪で起訴されました。

そして6月7日に保釈金200万円を納付して釈放されたのです。

9月9日、東京地裁は1年間に6件25人分の制服など182点(約77万円相当)の窃盗を行った罪で懲役2年6ヶ月、執行猶予4年の有罪判決を言い渡しました。

現在は?

キング・オブ・コメディの高橋さんが逮捕されてから2年が経ちました。

コンビを解散してから、相方の今野さんはドラマや映画に出演することが増えてきました。

一方の高橋さんは、逮捕される前と同じ家でひっそりと暮らしているそうです。

以前は仲のいい芸人さんと潮干狩りに行ったりしていましたが、逮捕されてからは人と会うことがなくなりました。

高橋さんと親しかった周囲の人は彼の帰る場所を作っていると語っていました。

周囲が準備を進めている高橋さんの帰る場所は、コントライブや、大喜利ライブ、トークライブなどいつ戻ってきても大丈夫なように企画しています。

裁判の時に情状証人に出廷した高橋さんの友人が、自身の務める映像制作会社での職場復帰を快諾し、現在はこの制作会社で働いているとのことです。

復帰をするのかはわかりませんが、また2人が揃ってくれるといいですね。