最初に結論!曙太郎さんの現在の気になる年収としましては、正確には把握できなかったのですが、日本人の平均の年収は大きく超えていることが予想されます。

元横綱として相撲会で活躍した曙さん

当初は日本の横綱が大勢いる中で、異色の海外出身横綱として注目されていました。

さて、相撲から引退した曙さんがその後どのような活動を行っているのか、また、相原さんとの破局理由を焦点に紹介していきたいと思います。

プロフィール

氏名:曙 太郎(あけぼの たろう)

生年月日:1969年5月9日(49歳)

出身:アメリカ合衆国 ハワイ州オワフ島

経歴:

第64代横綱として活躍し、生涯成績は654勝232敗181休 (78場所)という輝かしい成績を持っています。

彼は幼少期はハワイでバスケットボールをしていたが、大学はコーチとの対立もあって中退。

後にその体格を東関親方(元高見山)に見込まれ、相撲界入りし、1988年3月場所に初土俵を踏みます。

ちなみに同期にはあの「花の六三組」と言われる横綱・3代目若乃花(現タレント・花田虎上)、貴乃花、大関・魁皇、小結・和歌乃山、前頭・力櫻(現プロレスラー・力皇猛)、十両・須佐の湖、鶴ノ富士、琴岩国、琴乃峰など強者揃いのメンバーが顔を並べます。

まさに相撲絶頂期といっていい時代でした。

入門当初は日本に来たばかりで若貴の二人を知らないようでしたが、いざ取り組みを行うとその格の違いを見せつけられたといいます。

しかし、相撲の基礎を徹底的に身に付け、1993年についに横綱にまで登り詰めます。

横綱3場所目の同年7月場所から11月場所まで、幕内優勝3連覇を達成。

さらに同1993年は、自身初の年間最多勝を獲得。

その後も1994年11月場所に至る迄11場所の間一人横綱を維持。

1994年3月場所では12勝3敗同士で新大関・貴ノ浪、平幕・貴闘力との優勝決定戦三つ巴で連勝して優勝、混戦を制しました。

しかし、怪我などでその後は優勝もまばらになり、2001年1月に引退をします。

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