ダブルブッキング事件の真相

1998年にコーヒーのCMで注目されそれからというもの、あっという間に一躍有名になり、2000年の年末には紅白歌合戦の白組司会、翌年には大河ドラマ『北条時宗』の主役として活躍し放送終了後も、2002年ソルトレイクシティオリンピックの、メインキャスターに抜擢されるなど、順風満帆なタレント生活を送っていました。

しかし、人気だったゆえに前代未聞のスケジュールを組んでしまうことに…。

それが「ダブルブッキング事件」と言われる“世紀の大移動”でした。

2002年7月27日、元彌さんのスケジュールは、あり得ないことになっていて午前9時10分、岐阜県可児市の文化創造センターで公演終了→午後0時30分、東京新宿コマ劇場公演『天翔ける獅子ー義経と弁慶』開演。

岐阜から東京までは約400㎞、それを3時間以内に移動するというもの。

どう考えても無理なことがわかっていたにも関わらず、当時度重なる騒動で世間の批判が集まっていたため、これ以上失点はできないと考え、なんとヘリコプターと小型ジェット機をチャーターし、不可能を可能にしました。

この騒動は当日マスコミも駆けつけ、岐阜での公演終了後から元彌さんの移動が中継されました。

ヘリコプターに搭乗し名古屋空港へ…さらに、セスナ社製の小型ジェット機に乗り込み羽田空港へ。

到着ゲート外に待機させていたハイヤーへ乗り込み、アクション映画さながらのマスコミとのカーチェイスが繰り広げられ、午前11時10分に“約束の場所”コマ劇へとたどり着きました。

素直に謝って済ませば良いものを、ここまで資金と労力をかけて、世間に話題を振りまいてくれた元彌さん。

前代未聞の歴史に残る出来事です。

現在(2020)

2002年に発覚した「和泉流宗家継承問題」に端を発するさまざまなスキャンダルにより、和泉元彌さんはメディアから姿を消すことに…。

「和泉流宗家継承問題」とは、正式な手続きを経ることなく元彌さん及び、その家族が勝手に「和泉流宗家」を名乗り始めたことによる騒動です。

そしてこのトラブルによって、元彌さんは能楽協会から「退会命令」を下されました。

理由としては、そもそもが能楽宗家会の了承なしの宗家継承だったこと。

加えて公演のドタキャンや遅刻、協会の批判や話し合いの拒否などが、協会サイドの心証を悪くしたことも一因として挙げられます。

そのようなことで能楽協会関連の舞台に立つ事ができず、俳優業やプロレスといった業種にも進出し、芸能活動にも力を入れているようですが、様々な騒動の影響もあり結局メディアへの露出は激減してしまいました。

そんな和泉元彌さんは、現在狂言を広めるため学校などで公演を行っていたり、尚美学園大学講師を勤めています

そして、大型客船などで株式会社和泉宗家が主催する公演を行っているようです。

今は以前のように公演に遅刻したり、ダブルブッキングはないようですね。

では、元彌さんの現在の収入はどうなのでしょうか。

具体的な金額はわかりませんが、講師などの定期的な収入があるため、心配はないようです。

さらに、妻の羽野晶紀さんが最近は、バラエティ番組に出演されていているので、生活には困らないようですね。

”ダブルブッキング事件”今考えると、なんと大がかりなイベントでしょうか。

狂言の世界でも、トラブルを起こしてしまい現在でも、能楽協会の公演には出演出来ない状態です。

さらに、嫁姑問題もあり、羽野さんはあまりのストレスで蕁麻疹が出てしまうほど、元彌さん次第ではいつでも離婚になるとも言われているようです。

まだ問題はたくさんありますが、これからの活躍に期待します。