最初に結論!小椋久美子さんは現在、バドミントンの普及活動を行い、インストラクターとしても活躍しているようです。

小椋久美子さんは、1983年7月5日生まれ、三重県出身です。

8歳の時、姉弟の影響を受け、地元のスポーツ少年団でバドミントンを始め、全国大会に出場していました。

小学生のころから潮田玲子さんと対戦していて常連だったそうです。

プロフィール

中学校を卒業後、大阪の四天王寺高等学校に進学し、下宿をします。

高校1年生の時にジュニアナショナルチームの合宿で小椋さんと潮田さんがペアを組むことになり、チーム1番手の正規ペアに勝利、2000年に全国高校総体でダブルス準優勝、2001年の全国高校選抜シングルス準優勝を果たします。

高校3年生の時に正式にペアを組みました。

高校卒業後、2001年に潮田さんとともに三洋電機に入社、そして三洋電機バドミントン部に所属したのです。

アテネ五輪の出場を目指していましたが、2003年4月に潮田さんが虫垂炎、同年5年に小椋さんが足の指を骨折したことからアテネ五輪出場を逃してしまいます。

国内大会では同年の全日本総合女子ダブルス準優勝。

2004年には同年五輪代表選手だった山本静香さん・山田菁子さんペアを破り、初優勝を果たしました。

それ以降2008年まで同大会5連覇を達成したのです。

2005年にはアジア選手権女子ダブルス準優勝。

2006年に行われた第15回アジア大会では銅メダルを獲得しました。

2008年5月、世界ランク7位で北京オリンピック女子ダブルスへの出場権を獲得。

北京オリンピックでは5位に入賞しました。

北京オリンピック後、11月に全日本バトミントン選手権大会を最後に潮田さんとのペア解消を表明し、決勝で北京オリンピック4位に入賞した末継聡子さん・前田美順さんペアを破り優勝、大会5連覇を達成し、オグシオとしての有終の美を飾りました。

ペアの解消を表明し、ロンドンオリンピックの出場に意欲を示していましたが、持病の腰痛の悪化や右足首などの怪我により2009年シーズンは大会に出場しませんでした。

そして2010年1月12日に現役引退を発表。

3月20日に三洋電機を退職しました。

その後はスポーツインストラクターへ転身し、2011年3月にはラグビー選手の山本大介さんと結婚。

2人は、北京オリンピックの時に開催されたイベントで知り合いました。

山本大介さんの方からアプローチし、交際に発展したのです。

しかし、山本大介さんには妻子がいて、小椋さんはそのことを知りませんでしたが、略奪婚とネットで炎上してしまいました。

そして、2012年10月30日小椋さんは自身のブログで2012年9月に離婚届を提出したことを報告しました。

潮田玲子との関係

小椋久美子さんと潮田玲子さんはかつて「オグシオ」と呼ばれていました。

2人は小学生の時からバトミントンを始め、対戦した仲です。

その時の結果は潮田さんが3位、小椋さんは8位入賞でした。

2人はそれぞれシングルプレイヤーでしたが、高校生の時にダブルスを組み、ダブルスが楽しいと思ったそうです。

小椋さんと潮田さんは不仲説がありましたが、現役時代はそこまで深い仲ではなかったようです。

仲が悪かったわけでもなく、普通に会って、普通に話すという感じでした。

また、ライバルではないのに世間からはどちらが可愛いかと比べられ、ライバル視させられるようで、変な空気が流れていたようです。

2008年に「オグシオ」は解散するのですが、その経緯は2人のロンドンオリンピックに対する温度差があったからだと言われています。

現役を引退し、それぞれの道を進むことになった2人。

結婚しましたが、お互いの結婚式に出席しなかったそうです。

小椋さんは外せない仕事が入っていいて、キャンセルできなかったと話していました。

潮田さんはSNSで結婚や妊娠を報告しています。

引退してからはあまり関わりがないのかもしれません。

現在の姿

現在は、『ちちんぷいぷい』のコメンテーターとしてテレビに出演しています。

2015年、日経グッデイに小椋久美子の基本レッスンが連載されていました。

色々なショットの打ち方や上達するための練習法などが書かれています。

これからバドミントンを始めようとしている人やもっと上手くなりたいという人、バトミントン競技者、愛好会におすすめです。

画像もあるのでわかりやすいです。

連載の最終回ではお悩み相談を行っていました。

以前地元の三重県で『小椋久美子杯』を開催し、600人以上の小中学生が参加しました。

このようにジュニアを中心としたバドミントンの普及活動を行いインストラクターとしても活躍しているのです。

2018年9月19日放送の「あいつ今何してる? 3時間SP」ではかつてのライバルの一人である香川の天才少女について紹介されていました。

その少女は小椋さんがバトミントン選手として最初に衝撃を受けたライバルだったそうです。

小椋さんが小学3年の時に香川県に遠征したときに彼女と対戦しました。

その時、彼女の強さに衝撃を受けたのです。

それ以降全国大会で対戦することがありましたが、いつの間にか合わなくなってしまいました。

香川の天才少女は日体大でバドミントンを続けていたようです。

その後は何をしているのでしょうか。

小椋久美子さんが衝撃を受けたというのですから、とてもすごい選手だったのでしょう。

今回は、小椋久美子さんについて紹介しました。

これからもインストラクターとしてバドミントンの楽しさなどを伝えてもらいたいですね。