最初に結論!井脇ノブ子さんは現在、政界引退の身ですが、自民党二階派の「特別参与」の肩書を持ち、毎週の会合にも出席しているそうです。

ピンク色のスーツにオールバックの髪型が、トレードマークの井脇ノブ子氏

その風貌は男性にしか見えないが、井脇ノブ子氏はれっきとした女性です。

しかし、最近はあまりメディア露出がなく、現在の彼女の姿とは…?

若い頃

井脇ノブ子氏は、漁師の9人兄弟の末娘としてこの世に生を受けています。

幼い頃の生活は、余裕がなく彼女も早朝4時から海に潜りサザエやアワビなどを取って、市場に持ち込み家計に貢献していたそうです。

そんな井脇ノブ子氏は、小学生の頃から厚生大臣になりたいという志を持っていたそうです。

高校を卒業し別府大学に進学しますが、学業だけではなく、当時盛んだった学生運動にも身を投じています。

井脇ノブ子氏は大学を卒業し、拓殖大学の大学院に進み、後に総理大臣になる中曽根康弘氏の秘書になっています。

そして、大学院を修了すると少年の船という、スパルタ教育共同生活ツアーを実施して青少年を教育しています。

ちなみに…井脇ノブ子氏を検索するとこの「少年の船、洗脳」というキーワードが出てきます。

この少年の船は、青少年が1週間、船中や海外生活を体験して”根性”や団体生活での”協調性”を養うという船舶旅行です。

少年の船の評価は、賛否が分かれるようで「もう思い出したくない」や「良い経験をさせてもらった」など、様々な評価があるようです。

井脇ノブ子氏の愛情のこもったビンタや少々宗教がかった雰囲気が、受け入れられるかどうかなのかもしれませんね。

現在の感覚では、まずアウトな環境ですが…。

こうしてこの少年の船に大事な子供を送り出した両親が、帰ってきた我が子の様子があまりにも変わってしまったことにより、洗脳されてしまったのではないか?と心配になってしまったとの体験から、「洗脳」というワードが出てきてしまっているようです。

確かに、こんな過酷な体験をしたら変わってしまうのも無理はないでしょうね。

さらに、井脇ノブ子氏は静岡県に学校法人国際開洋学園を設立し、初代理事長に就任しています。

残念ながらこの学校法人は生徒が減り、経営難に陥ってしまい、2011年に民事再生手続きの開始を申し立てました。

こうして様々な苦難を乗り越えた井脇ノブ子氏は、幼い頃からの夢である政界への進出をかけて「第33回衆議院議員総選挙」に無所属で出馬します。

しかし、またもここで苦難が訪れます。

その”特異なキャラ”が災いしたのか、残念ながら落選しています。

それでもあきらめない井脇ノブ子氏は、7度目の2005年「第44回衆議院議員総選挙」にて、近畿ブロックの比例区で見事初当選をしました。

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